孤帆 孤帆 kohan 小説の雑誌「孤帆」 著者一覧 NEWS 最新号 バックナンバー Web限定 購入・質問 リンク

【掲載作への批評・感想】

 ※紙媒体からの引用です。ウェブで読める批評については、バックナンバーのタイトルから直接リンクを貼ってあります。


 ◆「RECORDS OF ANCIENT MATTERS」塚田遼(第10号掲載):「全作家」第65号・文芸時評(評者・横尾和博氏)より

 塚田遼の「RECORDS OF ANCIENT MATTERS」は高校中退のニートが、破壊妄想に取り付かれ幻想の中で衝動的な行動に走り、姉を困らせる物語。甘えっ子で暴れん坊の真理を的確に描写し、リズムもよくおもしろく読んだ。神話スサノオノミコトとアマテラスオオミカミの現代版でありその独創性に感心した。
 *第65号文芸時評ベスト5。


 ◆「ヘルメットの住人」奥端秀彰(第10号掲載):「全作家」第65号・文芸時評(評者・横尾和博氏)より

 奥端秀彰「ヘルメットの住人」は、三十歳を越えたバイク便ドライバーの孤独と妄想を描く。ヘルメットに仕掛けられた携帯電話から流れる他人の声に支配され、荷物の届け先に必死で辿りつこうとする主人公の真理はカフカの「城」のようでもある。
 *第65号文芸時評ベスト5。


 ◆「ねこと部屋」淘山竜子(第11号掲載)への感想:読者(えびボクサーさん)より

 幾つか感動した場面もありましたし、単純に文の成り立ちとして、打たれたところもありました。

 確か、公園のなかの描写だったと思うのですが、余計な装飾のない、対象を的確に捉えた名文だと、電車で読みながら思いました。

 人を殺したり、劇的な場面を作り上げることは、実は誰にでもできることです。また自戒を込めて言えば多くの青年は派手さを好み、同時に自分を大きく見せたがり、苦労した者は不幸を、学んだ者は知識をひけらかしたがります。

 淘山さんの小説にはそれがまったくなかった。シンプルで肩肘の張らない、抑制のきいた作品になっています。それはまず文章に滲み出ている。そして小説とは文章(=文体)のことです。

 そしてそうした文章であるが故に、日常の些事の背後に、効果的に狂気あるいは崩壊が浮かび上がる。最初の病院の場面での獣医の語り、気がついていながら何もせず、また決して自分を責めない主人公など。

 日常は続いてゆくかもしれないが、それは壊れる危険を孕み、裂け目が見える。日常は何かのきっかけで壊れる(壊せる)のに、壊すことがない半病人たち。壊れる危険を孕み、明らかな裂け目が見えるのに、おそらく明日も変わらずに続いてゆく日常……。その怖さと、たじろぐほどの主人公、また人々の冷たさ、人間的な温かみのなさ。

 読んでいて寒かったです、とても。絶望的な気持ちになりました。
しかし透明で、氷やガラスを思わせてね、美しかったですよ。どうでしょうね、時代と言っていいのか社会と言っていいのか、何ものかを捉えたと言っていいんじゃないでしょうか。そしてそれはきっと、みずからに誠実に向き合った、向き合ってきた結果だと思います。自分を振り返って多々反省させられるところがありました。

 ただ難点も多々あってね。ときに曖昧な表現があり、浮き、目立ちます。意味は分かるが言語が不明瞭。

 また、人の会話がときに説明的で、長すぎる。こんな喋りかたする人いないと、何度か思いました。同時に、内容に都合のいいように、会話が成立してしまっているように思わせてしまうこともあります。こうして、こう答えるから、話をこう展開できるみたいなね。

 ぶつぶつ呟いてみるといいですよね。「こう来て、こう答えて、不自然じゃないかな。ご都合主義的に見えちゃわないかな」って。

 加えて、作者の世界観では納得できていることを、あたかも一般化されているかのように語り、しかしそれはまったく一般的ではなく、ときに間違っているかも知れず、もっと悪いときには、不本意でしょうが俗っぽくなっている場合があります。シンプルに言えば、まれに作者の世界観を対象化できていないことがある。例えば、労働が健康を蝕むことを何となく知っていたと、こういう文章が平気で出てくる。労働が健康にいいこともありますよね。

 ですから、主人公の「労働が健康を蝕むことを何となく知っていた」という思いの上に、作者がいなければならない。この場合は世界は大きいものになります。あるいは作者の「労働が健康を蝕むことを何となく知っていた」という思想、経験を、小説内で一人称的に語らねばならない。この場合は世界は小さくなります(ちなみに僕ならばこの方法を取ります)。当然のことですが、世界の狭い小説がいけない理由はありません。

 つまり、ときどき読者に甘えてしまう、読み手の姿を忘れてしまうことがありますよね。読者など無視して書かなければならないのが小説なのですが、しかし、同時に読者に分かってもらわなければならない。そしてそのためには、ときに、自分を客観視しなければならない場合もあります。

 ああ、後ね、僕なら25Pの気が付いたで、終わりにするよ。あそこが読んで打たれる感情のピーク、衝撃だったからね。あのページの感動(というか衝撃とか、絶望かな)で終わっていい気がするけどな。後はいらないと思った。


 ◆「秘密」奥端秀彰(第11号掲載):「図書新聞」2828号・同人誌時評(評者・志村有弘氏)より

 奥端秀彰の「秘密」(孤帆第11号掲載)は風変わりな小説である。主人公は十六歳のときまで万引を繰り返し、そのうえ警官をボーリングのピンで殺害していた。今は三十一歳なので、もう時効は成立する……。文章が簡潔で、ミステリー風の展開も最後まで飽きさせない。


 ◆「影の微笑」北村順子(第12号掲載):「文學界」2008年4月号・同人雑誌評(評者・大河内昭爾氏)より

 北村順子「影の微笑(「孤帆」12号、小金井市)は、おだやかな筆致で感じよくまとめられている。亡くなった母親の介護を支援してくれた担当の日下陽平と久し振りに出会った礼子は心の和むおもいをする。同じ団地で行方しれずになった八十二歳の老女絵沢さん探しも陽平の仕事だった。絵沢さんの友達の白川さんのところで陽平と一緒に高野豆腐やしいたけの煮付けなど御馳走になる。そんなさりげない場面が印象にのこる。
 *2008年4月号同人雑誌評ベスト5。

 

 ◆「わたしのいた時間」淘山竜子(第12号掲載):「文學界」2008年4月号・同人雑誌評(評者・大河内昭爾氏)より

 淘山竜子「わたしのいた時間」も手堅い仕上がりだった。

 

 ◆「ドレイ・アッフェン」奥端秀彰(第12号掲載):「樹林」2008年5月号・小説同人誌評(評者・佐々木国広氏)より

 (私)は三十三歳、ビジネスホテルのナイトフロントの仕事に就いて七年、檻の中のような生活が続いている。或る夜、一人の白人女が現れ、電話云々と聞き取れたので電話を差し出すと「バカな猿」と罵られた。侮蔑されたことに腹が立ち一向に気が晴れない。それでも、学生アルバイトの安岡と夜勤を組めて、気易い上に程々の距離感があり救われた。彼は外国製子供服の古着で新商売をしたいという夢をもっていて、一緒にやらないかと誘ってくれたりした。例の白人女はナージャといい、一階レストランを経営する江夫人と馴染みでドイツの建築士とか。再びナージャが泊まりにきた夜、怒りをぶっつけようと彼女の部屋に入れてもらい……。
 主人公の一人称は略されていて、ナイトフロント係という職業の設定は珍しい。怒りの底にひそむ本心をさらけ出すどんでん返しは面白いが、その後の筋書きをラストの十数行でまとめてしまう構成はいかがなものだろうか。


 ◆「ドレイ・アッフェン」奥端秀彰(第12号掲載):「全作家」第69号・文芸時評(評者・横尾和博氏)より

 ビジネスホテルのフロント係をしている青年の鬱屈を宿泊者との対比で描く。初期の中上健次作品のように鬱屈を爆弾のように抱えた表現を手に入れればさらにすばらしい小説になる。


 ◆「水仙の行方」北村順子/「湖畔」淘山竜子(第18号掲載):「全作家」第87号・文芸時評(評者・横尾和博氏)より

 「孤帆」18号では北村順子「水仙の行方」は短編だが物語の起承転結がしっかりとついて抒情豊か。淘山竜子「湖畔」は凛とした小説。女性主人公と元の恋人、女友達の三角形のトライアングルストリーだが主人公のストイシズムが美しい。作者は作品を書くたびにしなやかに伸びている。

 

 ◆「湖畔」淘山竜子(第18号掲載):「季刊文科」第57号(評者・勝又浩氏)より

 淘山竜子「湖畔」(「孤帆」18号川崎市)は、たとえがまた古いが、大正時代に流行った一幕物の新劇のような一編だった。付き合いの絶えていた友人から呼び出されて会ってみると結婚するから二次会の司会をやってくれと頼まれる。その友人は、実は主人公とその彼との間に割り込んでてきて三人の関係をめちゃくちゃにした女性でもあって、主人公は結婚式にも出ないと断る。結局気まずい物別れになるが、友人が去ると、前から向いのベンチにいた老夫婦の夫の方から突然、妻に口紅を塗ってやってくれと頼まれる。おそるおそる塗り終えると、老人がいきなり「何が苦しいのか知りませんが、自分はもう死んだんだと思えばいいのですよ」と言う。それは主人公への助言なのか単に独り言なのか分からない。湖畔のベンチを舞台に二種の孤独が偶然すれ違った。そんな人生ドラマのスケッチというところか。

 

 ◆「パーティー」北村順子(第18号掲載):「関東同人雑誌交流会の掲示板」2012.11.29(評者・東谷貞夫氏)より

 シックで品格のある趣きです。
 より子は年上の友人の哲子から電話を受け――三十年間も別居していた夫と同居することになり、内輪のパーティーを開く、という内容であり、日頃の哲子の様子を思うと、より子にとって衝撃的です。さらに村瀬昭も来るということですが、彼の名前を聞いても咄嗟に想い出せません。二十年以上も前に、彼の別れた妻がみずから命を断ち、新しいママによろしくという手紙が残されていました。結婚寸前までいっていたものの、より子は家族宛のその遺言にたじろぎ、愛とかという問題を越えて離れてゆきます。
 岬のホテルで哲子の夫の早坂と挨拶を交わしていると、そこに村瀬が現れます。二十年ぶりです。パーティーは和やかで、とくに哲子の笑顔の輝きは年齢を感じさせない喜びに溢れています。
 翌日、より子は駅までの送迎バスを利用するつもりでしたが、村瀬の誘いで岬の灯台までドライブします。灯台資料館の駐車場に車を止め、松林を抜けると、空と海の融け合った広がりがあり、小道を歩いて東屋に入り、入り江の先の白い灯台を眺めます。四角い建物で、意外な驚きを感じます。ここからの灯台がもっとも印象に残るようです。突然、陽射しは閉ざされ、横殴りの強い雨に晒され、村瀬とより子は慌てて車に戻りますが、村瀬の後姿を見て――彼とは和やかな距離を保てて、今後は一人でも生きて行ける、という実感をより子は強く意識します。
 一人の女性の精神的成長の物語としても読めます。時の流れによって、見えていたものがどこかに消え、あるいは見えなかったものの姿が浮かび上がってきて、そういう浄化作用は気まぐれな万華鏡でしょうか。

 

 ◆「湖畔」淘山竜子(第20号掲載):「芦屋芸術」掲載の山下徹氏の評より

2013,04,24, Wednesday
淘山竜子の小説「湖畔」
author : 山下 徹
 僕は最近フェイスブックを始めました。でも、ちょっと淋しいんですが、お友達はまだ五人です。その中のステキなお友達のひとりに小説家の淘山竜子さんが います。どうやらペンネームじゃないかと思われるふしもないとは言えないんですけれど、しかし一面識もなく未確認情報です。
 これが縁で、あるいはこれも縁で、淘山さんの小説を読ませていただきました。「湖畔」と「道行く」の二作です。どちらもとても完成度の高い作品で、読後、胸の中に哀歓のようなものがあふれてきます。淘山さんが発行人の以下の小説の雑誌に掲載されています。

 「孤帆」vol18 2012年5月5日発行
 「孤帆」vol19 2013年2月1日発行
 「孤帆」vol20 2013年4月1日発行

  その他にも、例えば奥端秀彰のブラックユーモアというより奇妙な味の小説と呼べばいいのか「ネコババア」、静謐な悲しみをたたえた、ある意味で荒川という 場所との汎神論的世界を表現したといっていい市川奈津美の「荒川・放水路」、さまざまな小説家のさまざまな味が楽しめる、ちょっとした小説の小料理屋とい う雰囲気です。


 ◆「荒川・放水路」市川奈津実/「運命」奥端秀彰(第20号掲載):「文学街」309号岩谷征捷氏の同人雑誌評より

相変わらず美しい雑誌『孤帆』(20号、川崎市中原区)の掌編二編が気になりました。いずれも若い男女の別れをテーマ(否、単なる素材か?)にした掌編です。しかもその対比を面白く感じました。市川奈津美さん「荒川・放水路」はその風景のように流出していく感情が明るく、奥端秀彰さん「運命」は閉ざされた感情が行き場を失って暗い。また前者は言葉がきっかけになって直接ですが、後者は振りかかった物体によって左右される間接なのです。日常の会話でもどきりとすることがあるものです。ふだんは無意識に垂れ流されていく日常の話し言葉も、その流れのどこかでせき止めて意識化させる、それが小説化ということでしょうか。

 

 ◆「記憶」「運命」淘山竜子(第21号掲載):山下徹氏のFaceBookに掲載の評より

9月27日
淘山竜子の発行する「孤帆」vol21(2013年7月1日発行)を読んだ。ひと通り読んで、最初に還って、淘山の書いた「記憶」と「運命」という二作品を再読した。淘山竜子は不気味な空虚を抱え込んでいると僕は思う。いったいどんな空虚か。「生きている今から存在していない」(「記憶」最終行)、「青の中心を見ていると気が遠くなった」(「運命」最終段落の一部)。つまり、自分はこの世に存在していない、さながら自分の肉体の内部は皮膚一枚で覆われた青い空洞になっているような。そして、この肉体の穴から涙だけが零れている。そんな淘山竜子の空虚を言葉に結晶した作品をぜひ読んで欲しい。(山下徹)

 ◆「記憶」淘山竜子(第21号掲載):「週刊読書人」2013年9月6日付白川正芳氏文芸同人誌評より

その他(中略)淘山竜子「記憶」(「孤帆」21号)(中略)にひかれた。

 

 ◆「運命」淘山竜子(第21号掲載):全作家92号「文芸時評」横尾和博氏評

「孤帆」21号、淘山竜子「運命」は幻想的な作風で、夢の中の女が現実世界に現れるという短編だが、主人公男性の自意識の物語をうまく表現している。


 ◆「デッドエンドの世界ーアオイの場合ー」塚田遼(第22号掲載):文学街316号「同人雑誌評」岩谷征捷氏評

差別という問題では、より未来小説的な志向を持つ塚田遼さん「デッドエンドの世界―アオイの場合―」(『孤帆』22号、横浜市西区)が今月の力作。まさに 題名どおりの生と性の袋小路を描いています。これも一種の感動には違いないのですが、どうにも暗い感動を味わいました。塚田さんはこのところ男と女にもう ひとつのヒジュラという第三の性にアイデンティティを与えようとする作品を書いています。それを好奇の目で入っていこうとする私のような読者こそ糾弾され るべきなのでしょう。それほどまでに、ゆったりとした丁寧体の文章が、しみじみとした、あるいは懐かしい感情を誘うほどに自然なのです。しかしここは未来 ではなく、実は現実の世界なのです。ヒジュラの主人公そのひとが、自らの心の変化を認識して行く過程も、人間全般のどうにもならぬ偏見と差別意識を指摘し ているようで、むしろ心苦しくさえ覚えました。「未来」という観念ですら閉ざされているようです。しかし、ヒジュラにはマホメッドの教えでは「移住する」 という意味もあるようですが、従来の人間関係を断ち切って、新たな人間関係に移ることで曙光が見えてくるのかもしれません。


 ◆「多生」淘山竜子(第22号掲載):全作家92号「文芸時評」横尾和博氏評

「孤帆」22号、とうやまりょうこ「多生」はルームシェアする若い女性の孤独と追い詰められアルコール依存症にまでなる心理を巧みに描く。境界にある異様な心理の形容や比喩を強調するとさらによくなる。達者な書き手であることはまちがいない。


 ◆「多生」とうやまりょうこ(第22掲載):三田文学117号「対談新同人雑誌評」勝又浩氏、伊藤氏貴氏評

伊藤「次にとうやまりょうこ「多生」(「孤帆」)。仲が良かった同僚とルームシェアを始めます。ルームメイト同士で仲良くやるかと思っていたら、前よりも会話をすることが少なくなった。それが非常に気詰まりになるという話です。」
勝又「この人も同じですね。微細な叙述が多くて話が進まない。それはつまり自分のこだわりを書くことである。この話なら浮かび上がらせるべきは相手の女性のことなんだけど、自分のこだわりばかり書いている。言えばそこがうるさいというか。ごく小さい話が、心理でべた塗りされているから、すぐに分量が増えて書けてしまう。書けてしまうところが難点じゃないか。初心者はあらすじにとらわれてなかなか心理が書けないんだけれども、これは逆に心理を追って描くツボを知っていてちょっとした話がみんな長くなってしまう」
伊藤「アルコールにおぼれていくところが私はよくわからなくて、なんでそこまでになってしまうのか。多少不気味だとも思いました。最後まで読んでいても、そこがすっきりしない。女性同士のルームシェアでもっと気になる所が露骨にあるのかと思ったら、そうでもないかわりに、どんどんアルコールにおぼれていく。」
勝又「話の中身はルームメイトと波長が合わないというくらいのものですね。」
伊藤「その程度ですよね。向こうの人が悪いわけでもない。そこがもう一つ見えたら面白かったなと思いました。」


 ◆「習いごと」とうやまりょうこ(第23号掲載):全作家94号「文芸時評」横尾和博氏評

「孤帆」23号、とうやまりょうこの二編、「習いごと」「他人」が目についた。作者は日常を比喩する言葉を持っており、小説はストーリーではないことを示す作品。


 ◆「回転ドア(自動)」「誕生日おめ でとう」「インフルB」「習いごと」「他人」とうやまりょうこ(第23号掲載):文学街321号「同人雑誌評」岩谷征捷氏評

『孤帆』(二三号、横浜市西区)のとうやまりょうこさんは、横浜を舞台(背景)にした五編の掌編小説を発表しています。「回転ドア(自動)」「誕生日おめ でとう」「インフルB」「習いごと」「他人」。都会の風景の中での他人との接触、あるいは疎隔を描いている、と括ってしまうのは乱暴でしょうか。短いもの のなかに、良質の文学があります。それぞれに文体を変え、新しい試みを追求している姿勢がうかがえます。あるものは散文詩ふうであり、またあるものは言葉 による風景画になっています。いずれにも日常の隙間に深い淵が口開いていて怖い。しかし、暗示や余韻を楽しむ余裕が、逆にまとまりすぎている印象を与えて損。小さく巧くという意識が生まれるのを心配しています。


 ◆「他人」とうやまりょうこ(第23号掲載):三田文学117号「対談新同人雑誌評」伊藤氏貴氏、水牛健太郎氏、浅野麗氏評

伊藤「(中略)最後はとうやまりょうこ「他人」(「孤帆」)です。掌篇といってもいいくらいの短い作品で、妙子という女性が主人公の三人称語りになっています。彼女は最近、目覚めたときに前の晩のことを思い出すようにしている。というのも、そうしないと自分がどこにいるのか理解できなくなっているということなんです。ある土曜日の朝、自分の部屋ではないマンションの一室で目覚め、前の晩のことを思い出そうと記憶をさかのぼっていきます。前日は出勤して云々とあり、さらに木曜日の晩に知り合いと入った飲み屋のマスターが話してくれたエピソードが挟みこまれる。それで金曜日はまた別の十歳以下の雪絵という女性から電話がかかってきて飲みに行ったという話になります。その女性はすごく話好きで、彼女の話だけが原稿用紙一枚分以上続き、それが終って一行空くと土曜日の朝になっていて、あの後どうなったかわからない空白の時間があるというだけの話なんですが、不思議な印象が残る話ではあります。」
水牛「これは雪絵のマンションではないんですかね」
伊藤「妙子が目覚めた根岸の高台にあるマンションの一室というのが雪絵のところなのか、三日前に電話をよこしてきた元彼のところなのかはよくわからないままです。一人称だったら、ここが根岸だとわかった時点で自分がどこにいるのかも把握できているはずですが、三人称なので、自分の部屋ではないということしかわかっていない。これからさらに具体的に何か思い出させるのかはっきりしないときの不安を書いているのだと思いました。」
浅野「最後の一言、『おかしい、記憶がつながらない』と確信する言葉がないほうが、どこにいるのかわからない怖さがにじみ出るような気がしました。とはいえ、それぞれの相手との関係が濃い密度で示されつつも、そこまで親密ではない距離は明確で、主人公が希薄な関係に生きている感じは惻々と伝わってきます。この希薄さと、記憶の中の時間が上手くつながらないこととが関連していますね。」
伊藤「ほとんど箇条書きみたいに一人ひとりとの付き合いが書かれていて、誰ともそんなに深く入り込むわけじゃないんですよね。にもかかわらず、その人たちがそれぞれ個性をもった人として書かれていて、うまい書き手だと思いました。雪絵の、記憶に残らないようなどうでもいい話もよく書けています。」
水牛「人間関係というところでは『他人』というタイトルも重要で、飲み屋のマスターが話していたのは他人の手紙の話ですし、美容師である雪絵も、店長との鏡越しの会話について話しています。短篇として構造をよく考えた作品だなと思いました。」
(中略)伊藤「では、山本文月『サンクチュアリ』と、とうやまりょうこ「他人」を「文學界」への推薦策としましょう。


 ◆「五月の花束」とうやまりょうこ(第24号掲載):三田文学2015年春号「新同人雑誌評」

水牛氏:では、とうやまりょうこ「五月の花束」(「孤帆」)にいきます。 横浜の花屋でアルバイトをしている朋子という女性が出てきます。毎週お任せで三千円の花束を注文する高久という三十歳くらいの男性がいて、朋子がその人のところに花を届けに行くところから話は始まります。朋子は高久という男性に惹かれているようなんですね。花を届けに行くと高久は目を赤く腫らしていて、「奥さん、お悪いんですか」と朋子は花屋としては踏みこんだことを言ってしまいます。そうしたら、もう花は今日まででいいから、これは自分が言うところに届けてほしいと言われる。どうやら奥さんは死んでしまったらしい。それで花束を、金物屋を営む斉藤忠明という初老の方のところに届けに行きます。そこで高久と斉藤さんの交流の回想になるのですが、交流といっても、車椅子に乗っている奥さんの面倒を見ているというところで共通点があって、二回会ったというだけ。花束を斉藤さんのところに届けて朋子は帰るのですが、斉藤さんの奥さんはすでに亡くなっていて、しかし、前日が母の日だったということで、斉藤さんはその花を奥さんに供える。都会的な、人と人とのちょっとした交流というのか、すれちがいというのか、そういうことを切りとった洗練された作品だと思いました。
浅野氏:興味の対象となる高久の人物像があいまいですよね。だからこそ面白い。朋子が高久そのものを知り尽くして充足するという方に小説が向かわない。朋子が高久の背後にあった関係を垣間見る、そして高久を作った世界に入っていく、その臨場感を読み手も得られる。届けられた花が止まっていた時間を動かす感じで、斉藤さんも意識が少し変わるわけですよね。とうやまりょうこさんはいろいろな作品を書かれているので、これからも楽しみです。


 ◆「二人の女」畠山拓(第25号掲載):「文芸同志会通信」2015.07.22付

【孤帆】の発行日は7月1日です。奥付に頒価700円(安い!)と宣伝しています。  畠山拓「二人の女」が面白かった。鈴木春奈と永井真由美の2つの名をもつ女が登場する。75才の葛巻公三と知り合い公三の購入した家で同棲生活を始めた20代前半の若い真由美。彼女の魅力に溺れ一時失踪等も気にせず心も肉体も投入した挙句に自殺を装う殺害に合う。その失踪時等を使用して彼女は鈴木春奈や大庭春奈を名乗り若い男達と愛し合っている。自殺を怪しんだ警察が捜査する。山口刑事の語り口で彼女の素性が解き明かされてゆく。120枚を超す作品は公三を主人公にした箇所が長く若い女にのめり込む過程が細密に書かれている。老春が書き込まれ公三と年の近い私はほだされ哀感にむせび読み込まされてしまった。

 ◆「新月」とうやまりょうこ(第25号掲載):「週刊読書人」2016年1月1日付白川正芳氏文芸同人誌評より

その他(中略)とうやまりょうこ「新月」(「孤帆」25号)(中略)にひかれた。


 ◆「新月」とうやまりょうこ(第25号掲載):全作家99号「文芸時評」横尾和博氏評

「孤帆」25号のとうやまりょうこ「新月」は高校時代からの女友達との関係を描く三十代女性の心理描写がおもしろい。追いつめられていくような状況がよく描かれている。説明を少なく、会話文を有効に機能させれば、さらによくなる。(99号のベストテン)


 ◆「ルストロ」奥端秀彰(第25号掲載):「季刊文科」2015年12月25日「文芸同人誌季評」より

 大震災によってふたたび原発事故が起こり、国土の半分が居住不可能になった近未来の日本と日本人を描いたディストピア小説、奥端秀彰「ルストロ」(『孤帆』25号 横浜市)もまた、現代日本社会を痛烈に批判する。「ルストロ」の舞台となる、多くの日本人が移住した隣国オクトでは、かつて日本が敵国であったこともあり、日本、あるいは日本人は被差別の対象で、自らが日本人であることを秘匿して生活する日本人が多数存在していた。ある日、ひそかに思いを寄せる同僚ナージャが、上司ゴライから性的暴行を受けたことを知ったオクト人の主人公・アラムは、自らは差別主義ではないと自負するものの、しかしゴライが日本人二世であるという噂を聞きつけ、極右政党ルストロが配布する日本人検出アプリ「トライトーン」をもちいて、ゴライが日本人であるということを暴き、職場から追いやることに成功する。
 「トライトーン」は声紋鑑定によって声の持ち主が日本人かどうかを鑑定するアプリだ。録音した音声データをサーバに送信、声紋鑑定を行い、日本人だと判明すれば声の持ち主の情報を登録することができる。鑑定結果に興味があるアラムにとって、情報の登録は意味のないものだったが、勢力を伸ばすルストロは「トライトーン」によって、より多くの日本人を登録したものにランク付けをはじめる。ゲーム感覚でランクを上げるために日本人捜しに熱中するアラム。やがて日本人が主犯とされるテロ事件が起きたことの余勢を駆ったルストロが政権与党になると、オクトは日本との戦争へ突入、日本人は被差別マイノリティから敵国民として収容所送りとなる。声紋の誤判定により日本人とされたアラムも同様に収容所へと送られることになり、そしてかつての同僚であった日本人から、ゴライとナージャが収容所で一緒に暮していることを聞かされ、衝撃を受ける。なによりアラムの心を乱すのは、自分が密告し続けてきた日本人たちが、過酷な収容所での生活においても互いに労り、肌の色の違うアラムにさえその親切が向けられることだった。
 二年後、アラムは釈放される。戦争は膠着状態。その憂さを晴らすかのように日本人の強制労働は過酷さを増し、開戦時八万人ほどの収容者数は、二年間でその半分へと数を減らしていた。自宅に戻り、再会した母親の口にした喜びの言葉は、アラムを白けさせる。
「おまえがこんな目に遭うのは日本人のせいだと思って、あいつらが憎くて仕方なかった。気持ちはみんなと一緒に、日本人を殺せって叫びたかったよ。でもおまえが収容所にいると思うとそれもできなくて、心が引き裂かれるみたいだった。やっと胸を張って、思ってることを口にできるよ」
 閉塞感を打開するためにと、為政者による、そうとはわからないよう巧妙に仕組まれたプロパガンダによって、マイノリティへの差別は助長され、やがてそれは高揚と熱狂のうち、国民の気づかぬまま全体主義となって戦争への途を突き進むことは、これまでの歴史をみても明らかだ。わかりやすい仮想敵をでっちあげ、徹底的に攻撃する。その刹那の刺激を無為に享楽し続けることの危うさに、この作品は警鐘を鳴らす。


 ◆「デッドエンドの世界ーシュウジの場合」塚田遼(第26号掲載):全作家100号「文芸時評」横尾和博氏評

「孤帆」26号の塚田遼「デッドエンドの世界―シュウジの場合」は連作。村田沙耶香「消滅世界」と似た近未来を描いたディストピア小説で読ませる。近未来は現代の鏡像である。作者は現代をどのようにとらえているのか、そのあたりを完結後の全体を見直すなかで入れていくとさらによくなる気がする。(100号のベストテン)


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